恋愛の一手段としてのメール

 確かにメールでも、どんな手段を使っても好きな人とはつながておくことが大事です。
 メールは(広くケータイは)取りあえず、お試しとかキープという関係を作り出した画期的
な機器です。

 でも、それ以上にメールがいいのは、相手の気持ちと自分の気持ちの距離感で、伝え
る言葉を工夫したり、つまりここでは思い切って突っ込むけど、ここでは控えめにしておくとか、
面と向かって話をする状況でないため、冷静な判断ができることがあります。

 また、すぐに間髪入れず返信をするか、じっくり内容を吟味してゆっくり返信するか、時には
この場面ではあえて無視しとこう、なんて柔軟な判断ができることにもあります。

 だから、直ぐに返信しないと関係にヒビが入る、気まずくなるとかプレッシャーを感じて義理
で素早く返信したり、又、一方で直ぐに返信が来ないから、とヤキモキしたり、真面目に怒った
りするのは、(若さゆえ仕方がないという人もいますが)いい年した人としては、やっぱり大人気
ない気がします。

 会話はノリだし、なまものだし、いつもライブ感覚がいいです。
 でもそれだったら、ケータイで話せばよいので、メールにして行ったり来たりじゃ、まどろっこしく
ないでしょうか。

 あえて、メールにする意味は、もう少しお互いを考えるための距離と時間をおいて、感性、感覚を
駆使して言葉のやり取りを楽しむところにあります。

 また今の自分の状況、考えてることをさりげなく伝え、相手からも伝えてもらい、そしてお互いの
距離感を望ましいある程度のところに保っておこうというところです。

 勿論、相手が仕事や重要な用件などで電話で話せない状況でも、あとで連絡してもらおう
という思いやりのあるお願いということもあるでしょう。

 でも、いずれにしても、互いの距離感を図り、互いの時間を尊重しあう、そういう使い方が
メールには向いているし、そういう配慮あるやり取りが恋愛には向いていると思います。

 だから、過度に多く意味のあまりないメールをしたり、メーの返信が遅いからって気にしない
方がいいと思います。

 いい関係を作るのには、先を急ぎすぎないゆとりと辛抱も必要です。





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